量子コンピュータとは?ビジネス活用例と概念を量子エンジニアが解説!

目次

今までのコンピュータとの違い

量子コンピュータとは、量子力学の原理を利用して高速に計算するコンピュータのことを指します。

物理学の世界では「量子」の対義語として「古典」という言葉が用いられるため、私たちが普段使用するコンピュータは「古典コンピュータ」と呼ばれます。以降、「古典コンピュータ」は普段使用されているコンピュータを指して表現いたします。古典コンピュータは0または1の値をとる「ビット」という単位で情報を持ちます。

一方、量子コンピュータは、0と1の状態を同時にとることができる「量子ビット」という単位で情報を持ちます。このように複数の状態を同時にとる現象を「重ね合わせ」と呼び、この現象を用いることで多数の状態を同時に計算することができます。

量子コンピュータは、これらの「重ね合わせ」や「量子もつれ」などの量子的性質を利用することで、古典コンピュータを大きく上回る計算力を持つと期待されています。

量子コンピュータと古典コンピュータの違い(概念図)

量子コンピュータの種類

量子コンピュータには大きく分けて2つの種類が存在し、それぞれゲート型、アニーリング型と呼ばれます。

ゲート型は古典コンピュータのように汎用的に用いることができるコンピュータといわれていますが、多数の量子ビットを制御する技術が不足しているため、2025年1月現在では実用的なものとはいえません。

アニーリング型は「組合せ最適化」という特定のタスクに特化した方式です。アニーリング型の量子コンピュータはゲート型に比べて量子ビットを増やしやすく、実用化も進んでいます。

さらに、アニーリングマシンの中には疑似量子コンピュータと呼ばれる種類のコンピュータも存在します。疑似量子コンピュータによる計算技術は「量子コンピューティング技術」と呼ばれますが(※下表参照)、コンピュータの種類は古典コンピュータに分類されます。疑似量子コンピュータは、古典的な技術を用いて量子アニーリング技術を模倣(量子インスパイアード技術)し、効率よく組合せ最適化問題を解くことができるコンピュータです。GPUなどを用いて安定して効率よく組合せ最適化問題を解くことができるため、量子コンピューティングの実用化という意味では量子コンピュータよりも古典コンピュータの方が進んでいる現状にあります。

違いゲート型アニーリング型疑似量子コンピュータ
コンピュータの種類量子コンピュータ量子コンピュータ古典コンピュータ
用途汎用的組合せ最適化に特化組合せ最適化に特化
ビットのエラー訂正ほとんどできていないほとんどできていないできている
エラー訂正の必要性必須必須ではない必須
実用化ほとんどなし一部実用化されている実用化されている
主な開発企業IBM、Google、IonQ、QuantinuumなどD-Wave Systemsなど日立製作所、東芝デジタルソリューションズ、NEC、富士通など
計算技術の呼称量子コンピューティング量子コンピューティング量子インスパイアード技術(量子コンピューティング)
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量子コンピュータの得意な分野

現在のところ、量子コンピュータの計算能力は最適化、機械学習、暗号、量子化学計算といった分野で活躍することが期待されています。期待されている理由は、これらの分野では実際に適用が有効的だと考えられている量子アルゴリズムが考案されているためです。

分野詳細適用例
最適化量子アニーリングを用いた最適化計算の実用化が進んでいる。
最適化は多くの場面で登場する問題であるため、具体的な適用範囲は広い。
・物流におけるルート最適化
・飲食店等のシフト最適化
・金融ポートフォリオ最適化
機械学習研究段階。
古典機械学習に対して必ずしも優位性があるとはいえない。
・量子カーネル法
・量子サポートベクターマシン
・量子ニューラルネットワーク

・量子強化学習
暗号量子コンピュータの実現により、RSA暗号等が破られうることがわかっている。
その対策として、量子技術を用いたセキュリティ強化の試みがなされている。
・暗号通信
・量子鍵配送

量子化学計算化学計算は計算量が膨大となる。
量子計算はその計算量を大幅に削減できる。
そのため、高精度な化学シミュレーションが可能となる。
・新材料の開発・創薬
・物理系シミュレーション
量子アルゴリズムの適用分野の説明

量子コンピュータは古典コンピュータに比べてひとつひとつの処理が速いというわけではなく「有効な量子アルゴリズムによって計算量を削減すること」で結果を得るまでの道のりを短縮しています。

したがって、有効な量子アルゴリズムが存在しない場合、量子コンピュータは古典コンピュータに対して優位ではないと考えられます。逆にいえば、将来的に新たな量子アルゴリズムが開発されたり、既存アルゴリズムの有効な適用方法が発見された場合、上記以外の分野でも計算の高速化を実現することが可能となります。

古典コンピュータと量子コンピュータの計算の流れ

3通りの入力に対して最適な結果を調べたい場面を考えます。(大規模な計算にも適用可能です。)

古典コンピュータでは、最適な解を得るために3通りの計算(一連の処理)をそれぞれ行い、結果を比較する必要があります。つまり、内部の計算を無視すると直列で3回分の計算を行う必要があります。

古典コンピュータ:3つの計算を別々に行い、3つの結果を取得。

一方、量子コンピュータでは、状態の重ね合わせにより3通りの状態を並列で計算することができます。したがって、内部の計算を無視すると1回分の計算で済みます。

量子コンピュータ:3つの計算を同時に行い、その中の1つの結果を取得。得られる結果は量子アルゴリズムにより確率的に決まる。

ただし量子コンピュータはすべての結果を出力として得ることができるわけではなく、結果の1つだけを出力します。どれを出力するかは量子アルゴリズムにより確率的に決まるため、求めている解を高い確率で出力するような量子アルゴリズムを用いなければならない点には注意が必要です。

データサイエンスにおける量子コンピュータ

データサイエンス分野において、量子コンピュータは最適化や量子機械学習での発展が期待されています。

最適化問題の解決ニーズは世の中に多く溢れており、特に物流や交通、金融など幅広い分野で期待されています。
現状では古典的な数理最適化ソルバーが使用されることが多いですが、量子コンピュータやそのシミュレータの進歩に伴ってその実用例も増加しています。

一方、量子機械学習は研究段階にあり、古典的な機械学習に比べて優位性があるとはいえない状況です。ごく一部の研究では、量子機械学習モデルが古典機械学習モデルよりも良い結果を示した事例が存在しますが、それらはデータサイズが小さい等の理由で実用レベルではないことがほとんどです。

このような現状にも関わらず、量子機械学習の研究がされている主な理由は、量子計算を応用することで古典コンピュータでは表現・計算することができない表現力を持つことができるのではないかという期待があるためです。量子機械学習の進展は、生成モデルや分類モデルなどでの精度向上・速度向上につながると考えられています。

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量子コンピュータのビジネス活用例

ワクチン効果の向上のための塩基配列最適化

ワクチン効果の向上を実現するために、量子コンピュータを用いたmRNA塩基配列の最適化例を紹介します。
mRNAの塩基配列を最適化するためには、コドンと呼ばれる塩基配列のまとまりの配列を最適化する必要があります。さらにそのコドンは複数のパターンからなる塩基配列で構成されています。そのため、mRNAが長くなるほどその組み合わせは膨大になります。

具体例として、6個のコドンからなるmRNAの組み合わせを表現した図をご覧ください。

6個のコドンからなるmRNAがとりうる塩基配列は1,152通りにも及ぶ。

上図では、6個のコドンからなるmRNAがとりうる塩基配列が1,152通りになることを示しています。実用的には数百から数千の長さのmRNAを最適化する必要があるので、とりうる塩基配列の数は古典コンピュータでは計算しきれないほどになります。

x個のコドンからなるmRNAがとりうる塩基配列は指数関数的に増大する。例えば、x=100のとき候補数は約10^50 (十の50乗 = 1百×1兆×1兆×1兆×1兆) 通りになる。実用的にはx=1,000ほどの長さを扱うこともあり、さらに候補数は増大する。


このように、目的のアミノ酸を構成する塩基配列のうち、ある目的下で最適なものを選ぶ問題はコドン最適化と呼ばれます。上の例で見たように、コドン最適化では配列長に対して指数関数的に計算量が増大します。これは「NP困難」な問題であることが知られており、長いmRNAに対して古典コンピュータでは現実的な時間で解くことができません。そこで、量子コンピューティングによる解決が期待されています。


コドン最適化を解くにあたり、古典コンピュータでも量子コンピュータでも流れは同様で、大まかに以下の通りです。

STEP
評価指標を決める

コドン最適化の問題ではCAIという指標が重要とされることが多いです。他にも目的に応じて適切な指標を設定します。

STEP
定式化を行う

設定した評価指標に応じて適切に説明変数を選び、目的関数を定義します。
アニーリング型や疑似量子コンピュータではQUBOとよばれる定式化手法を用います。ここでは定式化の説明は省略しますが、QUBO定式化は一般に以下のように表されます。

$$H(q) = \sum_{i, j} Q_{i, j} q_i q_j + \sum_i b_i q_i$$


STEP
解く

目的関数が最小または最大になるような変数の組合せをコンピュータが探索します。ここで得られる変数の組合せが配列に相当します。
ヒトの体内でCAIが最大となるように定式化したとしたら、上図で示した6個のコドンからなるmRNAのCAIが最大となるような塩基配列として “AUGGCCAGCCUGAACGCC” という結果が得られます。

以上のようにして、設定した評価指標に基づいて理論上良いと考えられる配列を求めることができます。
ただし、実際にその配列で作成したワクチンが生体内で期待通りにはたらくかどうかは実験により確かめる必要があり、これは量子コンピューティング技術とは別問題です。実用上はこのように実証実験も障壁となる場合があります。

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そのほかの事例

配送計画最適化

NECフィールディング株式会社は量子アニーリングを用いて配送計画の立案を自動化しました。

配送計画の立案では、時刻、場所、荷物の種類、配送手段など様々な要素が組み合わさり、最適な計画を立てるには膨大な計算が必要です。したがってAIやスーパーコンピュータでも計算することが難しく、ベテラン社員の経験頼りになっていることが課題でした。

この最適化計算に量子コンピューティングを用いることで、ベテラン社員と同等の配送計画を自動生成することに成功しました。さらに、人手で2時間かかっていた作業をアニーリングマシンは12分で計算し、業務時間の短縮にも成功しました。

プレスリリース:https://jpn.nec.com/quantum_annealing/case/necfielding/index.html

工場内の無人搬送車の効率的配送

量子アニーリングを用いた工場内の無人搬送車の効率的な配送技術に関する研究が東北大学と株式会社デンソーにより共同で発表されました。

量子アニーリングを用いることで、状況に応じて逐次高速に最適化計算を行い搬送車をリアルタイムで制御することが可能です。既存のルールベースでの稼働率が80%であったことに対し、D-Wave Systems社のアニーリングマシンで実施したシミュレーションでの稼働率は95%となり、15ポイント向上という結果となりました。

こちらはあくまでシミュレーションであり実際に工場に導入されてはいませんが、実用に近い事例として注目されています。

プレスリリース:https://www.tohoku.ac.jp/japanese/newimg/pressimg/tohokuuniv-press20191125_01web_Com.pdf

量子コンピュータの注意点

エラー訂正技術

2025年1月時点での量子コンピュータはエラー訂正が満足にできておらず、量子ビットは人間が意図しない振る舞いをします。それゆえに、計算結果はエラー込みで出力されていることを考慮する必要があります。

一方、疑似量子コンピュータは古典コンピュータですのでビットを制御することができており、プログラムを組んだ通りの結果が返されます。このように、大規模な量子ビットを制御できていないことが、量子コンピュータが実用化されていない理由の1つとして挙げられます。

最適化問題への適用

近年は、特に疑似量子コンピュータを用いた最適化計算が実用化される例が増えています。しかし、これは必ずしも従来の最適化手法より優れているわけではありません。なぜなら問題に対する得手・不得手は手法によって異なるためです。

量子コンピューティングによる最適化は従来の最適化手法を含めたすべての最適化手法の選択肢の1つとして捉え、その中から実行速度やビジネス要件に沿った最適な手法を選択する姿勢が重要です。

有効な量子アルゴリズムの適用

量子コンピュータの能力を最大に活かすためには、有効な量子アルゴリズムの存在が必須となります。なぜなら、有効な量子アルゴリズムが存在しないと、古典コンピュータよりも計算が速くなる保証がないためです。

一方、有効な量子アルゴリズムの存在や適用可否を確認することは非常に高度な作業となります。なぜなら、量子コンピュータに関する深い理解と、その業界や事業に対する深いドメイン知識の両方を必要とするからです。組織内の人材だけでこれらに対処できない場合は、専門家など外部リソースの活用を検討することが重要です。これにより、量子コンピュータを活用するかどうかの意思決定を早めることができます。

今後の展望

量子コンピュータの今後を見通すと以下3つのポイントがあります。

  1. ハードウェア・アルゴリズム両方向からの研究が盛ん
  2. 古典コンピュータのリソースでは実現できないイノベーションを引き起こす可能性がある
  3. 古典・量子コンピュータはそれぞれ共存していく

以下詳しく解説します。

1. ハードウェアとアルゴリズムの研究

これまで述べてきたように、量子コンピュータが真価を発揮するのは、制御可能なハードウェアを用いて有効な量子アルゴリズムで計算を行った場合です。この状況を実現するために、現在はハードウェア・アルゴリズムの両方向から研究開発が進められています。まだ見通しがきかない段階ですが、将来に向けて着実に進展しているといえます。

2. イノベーション

量子コンピュータに期待される大きな恩恵の1つに、「古典コンピュータではどれだけ大きなリソース(金銭、マシン等)を費やしても解くことができない問題を解くことができるようになる」ことが挙げられます。したがって、将来的にビジネスで実用可能な量子コンピュータが実現した場合には、金銭的なコストが大きくても使用される可能性が高く、それによりイノベーションが発生しやすくなるかもしれません。

3. 古典・量子コンピュータの共存

量子コンピュータはあらゆる処理で古典コンピュータよりも優れているわけではありません。したがって、量子コンピュータが完成しても古典コンピュータが使われなくなるわけではなく、互いに得意な領域を担当して共存していくと考えられています。

まとめ

量子コンピュータの活用例と概念を解説しました。

量子コンピュータには課題が残っているものの、これから大きく発展しうる分野のひとつです。量子コンピュータの得意な側面・不得意な側面を理解することで、今からみなさまのビジネスに活用することができるかもしれません。

本記事がみなさまのお役に立てれば幸いです。

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この記事を書いた人

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